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東京地方裁判所 平成元年(ワ)3018号 判決 1989年9月29日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 小幡晃三

被告 野村証券株式会社

右代表者代表取締役 田淵義久

右訴訟代理人弁護士 小野道久

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

昭和六三年一二月一六日に開催された被告の第八四回定時株主総会においてされた定款の一部変更決議中、第一〇条、第一一条第一項及び第二項、第二八条並びに第二九条の規定に係る部分を取り消す。

2  予備的請求

被告は、原告に対し、金九五万円及びこれに対する平成元年三月二五日から支払済に至るまでの年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、証券業を営む株式会社である。

2  原告は、昭和六三年一二月一六日以前から八〇〇〇株の株式を有する被告の株主である。

3(1)  被告は、昭和六三年一二月一六日に開催した第八四回定時株主総会(以下、「本件株主総会」という。)において、定款の一部変更決議(第二号議案関係)をした。

(2) 右決議には、一〇月一日から翌年の九月三〇日とされていた営業年度を四月一日から翌年の三月三一日に変更すること、及びこれに伴い関係規定を変更することを内容とする部分(定款第一〇条、第一一条第一項及び第二項、第二八条並びに第二九条の規定に係る部分。以下、「本件決議部分」という。)が含まれている。

4  原告は、自らは本件株主総会に出席しなかったが、その代理人を出席させた。

5  原告は、昭和六三年一二月一二日に被告に到達した配達証明郵便により、被告に対し、本件定款変更に関する左記質問事項につき、本件株主総会において、明白な回答を求める旨通知した。

質問事項一 「決算期変更の理由について、証券取引法の改正に伴い、と説明しているが、これは建前に過ぎず、真の理由は、株主総会の開催日を他の大多数の銀行等と同一日とし、株主総会における株主の質疑権行使に伴う圧力を回避することにあるのではないか。」

質問事項二 「仮に、そうでないとすれば、世界一の大証券会社としての被告の使命等に鑑み、被告の株主総会開催日は、他の大多数の銀行等の株主総会開催日と重複しない、全く別の日を選択して欲しいと思うが、如何か。」

6  しかるに、本件株主総会において、議長(被告会社代表取締役)は、多数の株主からの書面による質問に対し、「では、ご質問に対するお答えに移らせて頂きます。」と発言した上、一括して回答しながら、原告の書面による質問に対しては、回答をしなかった。

7  ところで、議長は、次に掲げる理由により、本件質問事項につき回答すべき義務があったというべきであるから、前項記載のように、議長が回答をしなかったことは、商法第二三七条ノ三第一項の説明義務に違反するものであり、本件は、決議の方法が法令に違反し又は著しく不公正な場合に当たる。

(1) 株主の書面による質問に対しては、当該株主が株主総会に出席しているかどうかとは関係なく、また、株主総会において改めて質問するかどうかとも関係なく、これを、株主総会における質問として、一括して回答することは、一般に慣例となっているのであるから、議長としては、本件各質問事項につき回答すべき義務があったというべきである。

(2) 仮に、そうでないとしても、株主からの書面による質問に対しては、株主総会において株主から改めて質問がなされるまでもなく、一括して回答することは、一般に慣例となっているのであるから、議長としては、原告の代理人が出席している以上、改めて質問がなされなくとも、本件各質問事項につき説明すべき義務があったというべきである。

(3) 仮に、そうでないとしても、原告は、被告に対し、第5項記載のように、事前に、書面により「本件株主総会において明白な回答を求める」旨の通知をしており、また、その後、代理人を出席させるので、是非、回答して欲しい旨通告していた。そして、本件株主総会には現実に原告の代理人が出席していたのであるから、その出席自体が本件質問事項についての回答を求める意思の表明であることは明らかであり、議長は、原告の代理人が改めて質問をするまでもなく、本件各質問事項につき説明をすべき義務があったというべきである。

(4) 仮に、そうでないとしても、議長は、書面による質問に対し一括回答方式を採用することにより、一方的に株主に質問を省略させていたものであり、原告代理人としては、事前に回答要求をしておいたこともあって、当然に説明がされるものと考え、議長の指示に従い改めて質問をすることはしなかったものである。したがって、被告は、信義則上、本件株主総会において改めて質問がなかったことを主張できないというべきである。

8  仮に、原告の代理人が本件株主総会において改めて質問をしなかったことから議長に説明義務がなかったことになるとしても、議長としては、原告から書面による質問事項の通知があった以上、本件株主総会に原告又はその代理人が出席しているかどうかを尋ねた上、本件各質問事項につき質問の機会を与えるべきであったというべきである。しかるに、議長は、原告代理人に全くそのような機会を与えなかった。したがって、本件は、決議の方法が法令に違反し又は著しく不公正な場合に当たる。

9  第6項ないし第8項記載の議長の措置は、原告が株主として有する質疑権の侵害、抑圧又は故意の黙殺であって、これは原告に対する不法行為に該当する。原告は、この不法行為により金九五万円の損害を被った。

10  よって、原告は、主位的に、被告の株主として本件決議部分の取消しを求めるとともに、予備的に、不法行為による損害賠償として、金九五万円及びこれに対する不法行為による結果発生後である平成元年三月二五日から支払済に至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  第1項ないし第5項の事実は、認める。

2  第6項の事実は、そのうち、質問事項二について説明しなかったことは、認めるが、その余は、否認する。

3  第7項は、争う。商法第二三七条ノ三第二項に基づき事前に質問書が提出されていても、株主又はその代理人から総会において質問がなければ、これに対する説明義務は生じない。

4  第8項及び第9項の事実は、いずれも否認する。

5  第10項は、争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因第1項ないし第5項の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、次に請求の原因第7項につき判断する(ここでは、ひとまず、同第6項の事実が認められるものと仮定して判断する。)。

1  商法第二三七条ノ三第一項は、「取締役及監査役ハ総会ニ於テ株主ノ求メタル事項ニ付説明ヲ為スコトヲ要ス」と規定して、取締役及び監査役(以下「取締役等」という。)に対し、株主への説明義務を課しているが、その文言から明らかなように、説明義務が生じるのは、株主(又はその代理人)が株主総会において実際に質問をした場合に限られる。もっとも、同条第二項は、「株主ガ会日ヨリ相当ノ期間前ニ書面ニ依リ総会ニ於テ説明ヲ求ムベキ事項ヲ通知シタルトキハ取締役及監査役ハ調査ヲ要スルコトヲ理由トシテ説明ヲ拒ムコトヲ得ズ」と規定して、株主から質問事項書の事前送付があった場合には、取締役等は、調査を要することを理由として当該質問事項につき説明を拒絶することができないものとしているが、同項が「総会ニ於テ説明ヲ求ムベキ事項ヲ通知シタルトキハ」と規定していることから明らかなように、質問事項書の事前送付の制度は、総会において説明を求めることを予定している事項(すなわち、総会で質問することを予定しいる事項)の通知(事前告知)の制度であって、質問事項書の事前送付は、調査を要することを理由に該当事項につき説明を拒絶することを制限する効果しか有していない。すなわち、質問事項書の事前送付は、株主総会における質問に代替するもの(書面による質問)ではないから、株主から質問事項書の事前送付があった場合においても、当該株主(又はその代理人)が株主総会の場で実際に該当事項について質問をしない限り、当該事項については取締役等に説明義務は生じない。

そこで、本件につき、この点をみるに、弁論の全趣旨によると、本件株主総会に出席した原告代理人は、本件各質問事項につき、本件株主総会において、質問をしなかったことが認められる。したがって、被告の取締役には、本件各質問事項につき、説明義務は生じておらず、本件においてその違反を問題とする余地はない。

2  なお、《証拠省略》によると、本件株主総会において、議長(代表取締役)は、法定の報告事項の報告を終えた後、「では、質問に対するお答えに移らせて頂きます。」との前置きをした上、株主から書面により事前に通知のあった質問事項につき、株主にその場で質問を求めることはしないで、事項ごとに一括して回答をしたこと、そして、その終了後、株主からの質問を受け付けるという手順を踏んだこと、以上の事実が認められるが、このような形態での一括回答は、事前送付された質問事項書によって判明した株主の疑問点について、あらかじめ、一般的説明をしたという域をでず、総会における株主の質問に対する説明義務の履行としてされたものということはできないから、このような一般的説明において自己の通知した質問事項に対する説明のなかった株主は、議長から発言の許可を得た上、当該質問事項につき説明を求めることができる(商法第二三七条ノ三第一項本文、なお、この場合、取締役等は、正当の事由あるときを除き、説明を拒絶することができない。調査を要することを理由として拒絶することができないことはいうまでもない。)。そして、このように、一括回答が説明義務の履行としてではなく一般的説明としてされるものである以上、取締役等において説明の対象とすべき事項を取捨選択することができるのは当然であり、株主は、事前通知した質問事項に対する説明がこれから漏れた場合において、なお説明を求める必要があると考えるときは、議長に対し積極的に発問の許可を求めるべきことになる。反面、株主から質問のない限り、当該質問事項につき取締役等に説明義務は生じない。

したがって、仮に、右に判示したような一括回答方式による一般的説明が慣例となっていたとしても、その性質が右に述べたようなものである以上、取締役等が、株主総会での質問の有無にかかわらず常にすべての質問事項につき一般的説明義務を負担しているとすることはできないので、請求の原因第7項(1)(2)の主張は、失当である。

さらに、仮に、そのような慣例があったとしても、原告が質問事項の事前通知に際し総会での回答を要求し、かつ、原告代理人が本件株主総会に出席したという事実をもって、原告代理人が総会で現実に本件各質問事項に関し説明を求める旨の意思を表明したものと認めることはできないから、同項(3)の主張も、失当である。

また、本件株主総会において一括回答方式による一般的説明がされたことは前示のとおりであるが、説明のなかった事項に関する質問は許されていたのであるから、被告において、原告代理人から質問のなかったことを本件各質問事項に対する説明義務不発生の根拠とすることが許されるのは当然である。したがって、同項(4)の主張も、失当である。

三  次に請求の原因第8項につき判断するに、二において判示したような一括回答方式による一般的説明が慣例となっている場合においては、事前通知のあった質問事項について説明をしなかった株主に対し、議長において名指しで質問の機会を与えることは、一般的にいえば、望ましい措置とはいえるが、株主一般に対して質問の機会を与えている以上、そのような個別的措置を採らなかったことをもって違法とすることはできない。したがって、本件株主総会において、議長が株主一般に対して質問の機会を与えたにもかかわらず、原告代理人において挙手その他の方法により本件各質問事項につき説明を求めようとしなかった以上(《証拠省略》による。)、議長が原告又はその代理人の出頭を確認した上、当該質問事項につき質問をする機会を与えるという措置を採らなかった点を捉えて、決議の方法が法令に違反し又は著しく不公正であるとすることはできない。

四  二、三において判示したところから明らかなように、本件株主総会において、議長(代表取締役)が本件各質問事項に関して採った措置はいずれも違法とはいえないから、これが原告に対する関係で不法行為となる余地がないことは明らかである。

五  よって、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡久幸治)

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